10年前に自ら命を絶った、ろう者の友人ヴァンサン。「ろう者のことを知ってもらうために一緒に映画を作ろう」というヴァンサンとの誓いを守るためにレティシア・カートン監督が実現したドキュメンタリー映画が『ヴァンサンへの手紙』だ。
ヴァンサンの友人の手話講師、ろうコミュニティの権利擁護を主張する活動家、作品の中で美しい手話詩を披露する最優秀ろう俳優賞受賞経験のある俳優などにインタビューを重ね、彼らの活動を数年の歳月をかけて丁寧に追っている。
ろう者の世界を捉えたドキュメンタリーといえばニコラ・フィリベール監督の『音のない世界で(1995)』が有名で、「聴者が外国に行ったら辞書にかじりついても話せないのに、ろうあ者同士が違う国の人々とわかりあうのは二日もあれば十分だ」(eiga.com参照)とろう学校の教師が手話の素晴らしさをユーモラスに語ったシーンが印象的だった。同時にこの作品には口話法を肯定的に捉えているイメージもあった。
実は本作『ヴァンサンへの手紙』は2017年4月の東京ろう映画祭で『新・音のない世界で』のタイトルで上映されている。『音のない世界で』の発表から20年以上経ち、手話を禁じ口話教育に偏重した、ろう教育がもたらしたものを描き出しているのが、この『ヴァンサンへの手紙』なのかもしれない。
観客はこの映画を通じて、手話という言語の豊かさに触れ、同時にろう教育の問題、ろう者に対する抑圧や偏見、それに立ち向かう人々たちの姿を知ることができる。
レティシア・カートン監督はろう者たちにカメラを向けることによって、ヴァンサンの自殺の理由を探し、その死を受け入れようとする。また、聴者である自分はろう者のことは完全に理解できないという前提でろう者に寄り添おうとするその距離感や姿勢がこの映画に感情を抑えた清々しさと美しさを与えている気がする。
ドキュメンタリー映画の秀作である。
2018年10月13日(土)よりアップリンク渋谷他全国順次公開
http://uplink.co.jp/vincent/